引退を表明した飯島愛のブログなどの情報を集めたリンク集です。

飯島愛とは?
1992年、AV女優となる。
人気AV女優・後藤えり子にスカウトされてAV界に入った。

1990年代前半、深夜番組「ギルガメッシュないと」(テレビ東京系)で、スカートをめくり、世の男たちに活力をあたえた。『Tバックの女王』と呼ばれる。その後、次第に大人の女性としてトーク番組等でバラエティタレントとして活躍している。近年は気だるく重い口調が特徴。

2000年、半自伝的な小説「プラトニック・セックス」でAVや性病感染、整形手術していたこと等をカミングアウトしべストセラーに。

胸や顔の整形等について公にカミングアウトしていて、自らのスッピンネタ等自虐系の発言も時々する。

2007年3月31日、所属事務所から正式に芸能界を引退することが発表された。
芸名の由来は、水商売時代、所属していた店のママが「みんなから愛される子になるように」という願いを込めて「愛」という源氏名を命名してくれたことによる(自著「プラトニック・セックス」より)とあるが、以前テレビ番組で「ラブ」という源氏名を自らつけたことを告白している。「本名が垢抜けないから好きではない」と、思い切った名前をつけた。その後に勤めることになったクラブのママが「ラブ」を転じさせ「愛」にするよう指導し、理由は後付で、客に紹介する際に「みんなから愛され〜」のくだりが確立された。

芸名に「飯島」という姓がつけられたのは、当時の所属事務所社長が飯島直子の大ファンだったため。飯島直子側はこれを快く思っていないと報道されることが多く、「W飯島」と括られることもあるが共演はほとんどなかった。しかし飯島直子が2006年10月に「ウチくる!?」に出演した際、両者が不仲説を明確に否定した。

2007年3月31日に「目標や夢が見い出せず、芸能界で生き残っていくことは不可能」として所属事務所から正式に引退が発表された。
腎臓病(腎盂炎)であることが報道された。それによると「症状が予想以上に重く、仕事を続ける意欲を完全に失っているという。」と理由付けされている。

サンデージャポン最後の出演は2007年3月25日だが、ちょうど番組放送直前の午前9時42分頃、能登沖でマグニチュード6.9の能登半島地震が発生。TBSは地震の状況を報道。飯島最後のサンデージャポンの放送時間は15分、飯島本人が出演した場面は、わずか3分(予告編だけ)しかなかった。

その後、4月1日のサンデージャポンのラスト10分で収録したVTRが流れた。高橋ジョージは飯島愛本人のために「ロード」を熱唱した。また飯島愛本人からみんなへ感謝の言葉が送られた。